2026.08.17歌っているだけなのに、こんなことまで?乳幼児の「歌」の中にある、ことばとやりとりの力
『3000万語の格差』を読みながら、私が「これ、面白いな」と思ったことの一つが、子ども向けの歌についての話でした。
本の中では、歌には、
-
普段の会話ではあまり使わない言葉
-
数に関する言葉や概念
-
空間に関する言葉
-
繰り返しやパターン
などが含まれていて、子どもがさまざまな言葉や概念に触れる機会になることが紹介されています。
でも、ここで誤解してほしくないのは、
「この歌を歌えば、○○の能力が伸びます!」
という話ではない、ということ。
むしろ私が面白いと思ったのは、
いつも何気なく歌っている歌の中に、実は子どもが言葉や概念に出会うきっかけが、たくさん隠れている。
ということなんです。
そして、そこに『3000万語の格差』で紹介されている3つのTを重ねると、さらに面白くなります。
まずは「3つのT」をおさらい
3つのTとは、
Tune In
子どもが今、何に興味を向けているのかに気づくこと。
Talk More
子どもが興味を持っていることについて、言葉を少し広げていくこと。
Take Turns
大人が一方的に話すのではなく、子どもと交互にやりとりすること。
です。
これまでの記事でも書いてきましたが、これは「親が頑張って子どもに言葉を教えるための方法」ではありません。
むしろ、
子どもが今、楽しんでいることに大人も入っていく。
そのための考え方です。
そして、歌はこの3つのTが自然に起こりやすい遊びの一つなんです。
歌の中には「普段と違う言葉」がいっぱい
たとえば、少し年齢が上がりますが、
♪たなばたさま
という歌があります。
「五色の短冊」
「笹の葉」
「軒端」
など、子どもとの普段の会話では、なかなか出てこない言葉があります。
でも、歌なら何度も繰り返し耳にします。
そして子どもが、
「たんざくってなに?」
と聞いてきたら、
「お願いごとを書く紙だよ」
と話を広げることができる。
歌が、新しい言葉との出会いになるわけです。
でも、もっと小さな子どもの歌にも「言葉の種」はある
では、0~2歳くらいの子どもが楽しむ歌ではどうでしょう?
私は、ここも面白いと思います。
たとえば、
♪魚がはねて
「はねる」
「くっつく」
といった、動作を表す言葉が出てきます。
しかも、歌いながら実際に身体を動かすことができます。
「ぴょーん!」
と手を動かしたり、
「頭にくっついた!」
と頭を触ったり。
すると、
言葉を「聞く」だけではなく、身体を動かしながら経験する
ことができます。
「かえるのうた」には、「聞こえる」がある
♪かえるのうた
も、赤ちゃんと一緒に楽しみやすい歌ですよね。
ここで面白いのが、
「聞こえてくるよ」
という言葉。
「聞こえる」って、普段の会話では意外と意識して使っていない言葉かもしれません。
外から音が聞こえてきたときに、
「何か聞こえるね」
「カエルさんかな?」
と、歌をきっかけに**「聞く」という感覚に言葉を添える**こともできます。
「大きな栗の木の下で」には、空間の言葉
そして、みんながよく知っている、
♪大きな栗の木の下で
ここには、
「大きな」
「木」
「下」
という言葉があります。
特に「下」というのは、空間的な位置関係を表す言葉。
歌いながら実際に身体を動かして、
「上!」
「下!」
と遊んでみることもできます。
「木の下にいるね」
と、実際に公園などで木を見つけたときに思い出すこともできます。
これも、
歌の言葉が、実際の体験につながっていく
という面白さがあります。
「幸せなら手をたたこう」は、パターンの宝庫
そして、本の中で紹介されている「BINGO」のように、同じパターンを繰り返しながら、一部分が変わっていく歌。
日本で親しみのある歌なら、
♪幸せなら手をたたこう
が分かりやすいですね。
「手をたたこう」
↓
「足ならそう」
↓
「肩たたこう」
と、基本の形は同じまま、動作が変わっていきます。
子どもは、
「次は何かな?」
と予測しながら参加できます。
これは、ただ歌詞を覚えるだけではなく、
「同じところ」と「変わるところ」に気づく
という楽しさがあります。
わらべ歌にも、こんな「やりとり」がいっぱい
さらに、わらべ歌には、親子や子ども同士で交互に動く・まねする・繰り返すものがたくさんあります。
たとえば、
♪おちゃらかほい
相手の動きを見て、自分も動く。
大人がやったら子どもがまねする。
今度は子どもが動いて、大人がまねする。
これはまさに、
Take Turns
です。
歌っているだけに見えても、実際には、
「相手を見る」
「相手の動きを予測する」
「自分の番を待つ」
「相手に合わせて動く」
という、たくさんのやりとりが起こっています。
だから、歌は「3つのT」と相性がいい
ここまで見てくると、歌の中に3つのTが自然に入っていることが分かります。
🎵 Tune In
子どもが歌を聴いている。
手を動かしている。
身体を揺らしている。
笑っている。
まずは、そんな子どもの反応を見る。
🎵 Talk More
「大きな栗だね」
「木の下だね」
「ぴょーんって跳ねたね」
「何が聞こえるかな?」
と、子どもが今楽しんでいることに言葉を添える。
🎵 Take Turns
大人が歌う。
子どもが動く。
大人がまねする。
子どもがまた返す。
歌そのものが、親子のやりとりになります。
「歌を聞かせる」から「一緒に歌う」へ
ここは、けっこう大きな違いです。
「子どものために、良い歌を聞かせなきゃ」
と思う必要はありません。
もちろん、歌を聴くことも楽しい。
でも、3つのTという視点で見ると、
大人と子どもが一緒に歌う。
そこに、もっとたくさんのことが起こります。
子どもの表情を見る。
子どもの動きをまねする。
子どもの声に返事をする。
歌詞に出てきたものを実際に探してみる。
歌に合わせてベビーサインをする。
そうすると、歌が**「親子のコミュニケーションの道具」**になっていくんです。
そして、これは私たちが教室でやってきたこと
ここまで読んで、
「これ、まさにベビーサイン教室でやっていること!」
と思った方もいるかもしれません。
実は、ベビーサイン協会のお教室では、以前からみんながよく知っているわらべ歌や童謡のメロディーを使った手遊び歌を楽しんでいます。
たとえば、
「大きな栗の木の下で」のメロディーで
♪大きな おやまの てっぺんに♪
という歌詞に変えて、【山】のベビーサインを入れて歌います。また、
「はとぽっぽ」のメロディーで
グーとパーだけでできるベビーサインを4つ紹介しながら歌う替え歌もあります。
お教室のネタを考えなくちゃいけなかった20数年前、作曲する才能がなかった私は、みんなが聞いたことのあるメロディーに、使えそうなベビーサインを盛り込んだ歌詞をあてて、替え歌を何曲も作ったんです。
だから、
「新しい歌を覚えなきゃ」
ではありません。
「あ、このメロディー知ってる!」
というところから、一緒に参加できます。
そして、歌詞に合わせてベビーサインを使います。
歌の中で、サインを何度も楽しむ
ベビーサインって、
「このサインを覚えましょう!」
と練習するだけだと、ちょっと味気ないですよね。
でも歌になると違います。
同じ歌を何度も歌う。
同じサインが何度も出てくる。
大人がベビーサインをする。
赤ちゃんが見ている。
今度は赤ちゃんが手を動かしてみる。
そして、
「もう一回!」
と、また歌う。
こうして、ベビーサインそのものだけではなく、
「伝える → 受け取ってもらう → また返ってくる」
というやりとりを、繰り返し楽しむことができます。
教室だけで終わらせない
そして、私たちが大切にしているのが、
ご家庭でも同じように楽しめること。
教室で何度も繰り返し楽しんだ手遊び歌は、ご家庭でも楽しめるようにダウンロードできる形にしています。
教室では先生と一緒に。
お家ではママやパパと一緒に。
同じ歌を繰り返し楽しむ。
これって、実はとても大切なことだと思うんです。
赤ちゃんは、同じ歌を何度も聞くことで、
「あ、この歌知ってる!」
という感覚を持つようになります。
そして、ある日突然、
今まで見ているだけだった赤ちゃんが、
歌に合わせて手を動かしたり、
ベビーサインをしてみたりする。
そんな瞬間がやってくることがあります。
音楽は「脳を育てる魔法」ではありません
ここまで読むと、
「じゃあ、音楽ってやっぱり脳にいいの?」
と思うかもしれません。
音楽活動と子どもの認知・実行機能については、実際に研究されています。
2025年の系統的レビュー・メタ分析では、3~6歳の子どもを対象とした研究をまとめ、音楽トレーニングを経験した子どもは、そうでない子どもに比べて、抑制制御・ワーキングメモリ・認知的柔軟性といった実行機能に良い変化が見られたと報告されています。
ただし、これは、
「家で歌を歌えば、実行機能が伸びる」
という研究ではありません。
研究で調べられているのは、一定期間、継続的に音楽トレーニングを行った子どもたち。
つまり、
音楽を聴かせるだけで、子どもの能力が自動的に伸びる
という話ではないんです。
むしろ、音楽を使った活動の中には、
「集中する」
「覚える」
「音やリズムに合わせる」
「身体をコントロールする」
「相手の動きを見る」
「自分の番を待つ」
といった、さまざまな経験が含まれている。
だからこそ、研究の対象になるほど興味深い活動なんですね。
「何を教えるか」より、「一緒に何をするか」
そして、『3000万語の格差』の3つのTと、音楽の話を重ねてみると、私はこんなふうに感じます。
音楽そのものが魔法なのではありません。
歌を通して、大人と子どもが一緒に同じものを見たり、聞いたり、動いたり、笑ったりする。
そこに価値がある。
だから、
「この歌で○○を教えよう」
と考えるより、
「この歌、子どもはどんなところが好きなんだろう?」
と見てみる。
そして、子どもが反応したところに、
ちょっと言葉を足してみる。
ちょっとベビーサインを添えてみる。
ちょっと一緒に動いてみる。
それだけでいい。
今日の歌を、ちょっと違う目で見てみる
いつも歌っている歌を、今日はこんなふうに見てみませんか?
「この歌には、どんな言葉が出てくる?」
「どんな動きをする?」
「同じパターンはある?」
「子どもは、どこで一番楽しそうにする?」
そして、
「今、この子は私に何を返してくれている?」
と。
そうやって見てみると、
「ただ歌っているだけ」
だった時間が、
親子のやりとりがいっぱい詰まった時間
に見えてくるかもしれません。
歌う。
動く。
笑う。
ベビーサインする。
また歌う。
そんな何気ない繰り返しの中にも、子どもの発達を支える小さな種が、たくさん隠れているのです。
そして私は、ベビーサイン教室で長年やってきた**「みんなが知っている歌×ベビーサイン」**も、そんな親子のやりとりを生み出す一つの方法だと思っています。
教えるための歌ではなく、一緒に楽しむための歌。
それが、赤ちゃんとのコミュニケーションを豊かにしてくれるのではないでしょうか。
参考にした研究・書籍
-
ダナ・サスキンド『3000万語の格差―赤ちゃんの脳をつくる、親と保育者の「話しかけ」』明石書店
-
3~6歳児の音楽トレーニングと実行機能に関する2025年の系統的レビュー・メタ分析
-
乳幼児期の音楽的な親子のやりとりに関する研究
2026.08.12「ごっこ遊び」は、いつから始まる?
これまで3回の記事で、
Tune In(チューン・イン)
Talk More(トーク・モア)
Take Turns(テイク・ターンズ)
という「3つのT」が、特別な教育プログラムとしてではなく、毎日の遊びや生活の中で使える考え方だというお話をしましたね。
今回は、その中でもこの本「3000万語の格差」に登場する「ごっこ遊び」に注目してみたいと思います。
「ごっこ遊び」と聞くと、
「2歳くらいになったら、おままごとをするようになる」
そんなイメージがないですか?
でも、ここにたどり付くまでの発達の過程をちょっと一緒に見ていきましょう。
ごっこ遊びは、いきなり始まらない
赤ちゃんの遊びは、最初はとてもシンプルです。
触る。
握る。
振る。
口に入れる。
落とす。
「これをやったら、こうなった!」
そんな自分と物との関係を確かめるような遊びから始まります。
そして、少しずつ、
「大人がやっていることをまねする」
という行動が増えてきます。
たとえば、
おもちゃの電話を耳に当てる。
スプーンを口に運ぶ。
ぬいぐるみに何かを食べさせる。
こうした行動が、やがて「ごっこ遊び」へとつながっていきます。
大体の目安はこんな感じ
もちろん、子どもの発達には個人差があります。
なので「○か月になったら必ずこうなる」というものではありませんが、ざっくり発達の流れを見ると……
👶 1歳前後
「まねっこ」の時期
大人の行動をよく見て、まねすることが増えてきます。
電話を耳に当てる。
コップを口に持っていく。
人形を抱っこする。
まだ「ごっこ遊び」と呼ぶにはシンプルでも、ここには大切な土台があります。
👶 1歳半ごろ~
「~のつもり」が少しずつ始まる
研究では、pretend play(ごっこ遊び)は18か月前後から多くの子どもに見られるようになります。
たとえば、
ぬいぐるみにご飯を食べさせる。
人形を寝かせる。
おもちゃの電話で「もしもし」をする。
など。
「自分が食べる」だけではなく、誰かに食べさせる。
「自分が寝る」だけではなく、人形を寝かせる。
ここには、「見立てる」「誰かの立場になって行動する」という、少し高度な認知の発達が見えてきます。
👶 2歳ごろ~
遊びが少しずつ「つながる」
一つの行動だけではなく、
「人形がお腹すいた」
↓
「ご飯を作る」
↓
「食べさせる」
↓
「お茶を飲ませる」
↓
「おやすみ」
というように、複数の行動がつながっていきます。
日本の幼児を対象にした象徴遊びの研究でも、12~17か月、18~23か月、24~29か月と年齢が上がるにつれて、遊びの内容がより複雑になっていくことが示されています。
👧 3歳ごろ~
「役割」がどんどん増えてくる
「ママ」「お医者さん」「お店屋さん」「先生」など、誰かになりきって遊ぶことも増えてきます。
自分だけの世界だったごっこ遊びが、
「私はお母さんね」
「じゃあ、あなたは赤ちゃん」
「ご飯できましたよ」
というように、人とのやりとりを含んだ遊びへと広がっていきます。
保育園でお店屋さんごっこを楽しんでいた子どもたちを思い出しますね~
もちろん、ここにも個人差があります。
だから、
「まだごっこ遊びをしない!」
と焦る必要はありません。
発達は階段のようにきっちり進むものではなく、いろいろな遊び方が重なりながら少しずつ複雑になっていきます。
そして、ここで「3つのT」が登場します
ここが、今回私が一番おもしろいと思ったところ。
子どものごっこ遊びを見つけたら、大人はどうする?
Tune In
まず、子どもが何をしているのかを見る。
たとえば、子どもがぬいぐるみにスプーンを持っていっている。
「あ、今この子にご飯を食べさせているんだな」
と気づく。
ここで大人が、
「これは何?」「何してるの?」
と質問攻めにする必要はありません。
まずは、子どもの世界に入る。
Talk More
子どもの遊びに、少しだけ言葉を足してみる。
「赤ちゃん、おなかすいたのかな」
「はい、どうぞ~」
「おいしいね」
子どもが作っている世界を壊さないように、言葉を添えていく。
Take Turns
そして、やりとりを続ける。
子どもが食べさせる。
大人が「おいしい!」と言う。
子どもがまた食べさせる。
今度は大人が、
「次は何にする?」
と待ってみる。
子どもが何かをする。
大人が応える。
また子どもが返す。
これがTake Turns。
「ごっこ遊びを教える」のではなく、「ごっこ遊びに入る」
ここ、すごく大事だと思うんです。
大人が、
「こうやって遊ぶんだよ」
と教え込む必要はありません。
子どもが作っている世界に、
「私も入っていい?」
という気持ちで入っていく。
すると、ごっこ遊びそのものが、
コミュニケーションの場
になります。
本の中に、
「ごっこ遊びに保護者を招き入れることで、子どもは自分でリードする『ふり』をしつつ、保護者とのやりとりから学んでいる」
という、とても面白い説明があります。
これ、まさに「3つのT」なんですよね。
そして、これってベビーサインにもつながる
私はここを読んでいて、
「これ、ベビーサインをしている親子にも同じことが言えるな」
と思いました。
ベビーサインも、
「今日はこのサインを教えよう!」
と大人が主導するより、
赤ちゃんが今、何を見ている?
何を伝えようとしている?
何に興味を持っている?
そこに大人が気づくことから始まります。
それがTune In。
そして、赤ちゃんが見ているものについて
「これは、りんごだね」
「もっと欲しい?」
「おいしいね」
と、言葉やベビーサインを添える。
それがTalk More。
赤ちゃんからすぐにベビーサインが返ってこなくても、まずは表情、声、動きなどで返してくれたら、それを受け取ってまた返す。
それがTake Turns。
だから、「3つのT」は単に「たくさん話しかけましょう」という話ではないんですよね。
子どもと一緒に、ひとつの世界をつくっていく。
そのためのヒントなんだと思います。
🎵そして、もう一つ面白いのが「音楽」
今回の本のページでは、ごっこ遊びだけではなく、音楽と3つのTについても紹介されています。
歌うこと。
踊ること。
手拍子すること。
これも全部、子どもとの「やりとり」になる。
しかも音楽には、言葉だけではなく、リズム、身体の動き、パターン、模倣など、子どもの発達につながるいろいろな要素があります。
歌うだけでも、3つのTはできる。
これ、面白くないですか?
次回はこの**「3つのT×音楽」**を、もう少し掘り下げてみたいと思います。
参考にした研究
-
Nielsen, M. et al. (2004). Pretend play, mirror self-recognition and imitation: a longitudinal investigation through the second year. Infant Behavior and Development, 27(3), 342–365.
-
藤野博(2002)「健常幼児における象徴遊びの発達―象徴遊びテストによる調査―」『音声言語医学』43(1), 21–29. DOI: 10.5112/jjlp.43.21.
※発達の月齢はあくまで大まかな目安です。CDCも、発達のマイルストーンは「多くの子ども(75%以上)がその年齢までにできること」を示す目安であり、標準化された発達スクリーニングの代わりではないと説明しています。
2026.08.07「話す」より大切なことがありました。3つ目のT「Take Turns」が教えてくれること
これまで2回にわたり、『3000万語の格差』で紹介されている3つのTのうち、「Tune In」と「Talk More」をご紹介してきました。
-
Tune In … 子どもの世界に意識を向けること
-
Talk More … 子どもの興味に寄り添って言葉を届けること
そして、最後のTがTake Turnsです。
直訳すると、「順番にやり取りをする」。
一見すると、とても当たり前のことのように思えます。
でも、この「やり取り」こそが、子どもの脳の発達にとって、とても大切な意味をもっているのです。
コミュニケーションは「キャッチボール」
大人同士の会話を思い浮かべてみてください。
一方的に一人だけが話し続ける会話は、あまり心地よいものではありませんよね。
相手が話し、
自分が聞き、
また自分が話し、
相手が応える。
こうしたキャッチボールがあるからこそ、「会話」になります。
赤ちゃんとのコミュニケーションも同じです。
もちろん、赤ちゃんはまだ言葉を話せません。
でも、よく見てみると、赤ちゃんは毎日たくさんの「ボール」を投げています。
視線。
表情。
笑顔。
指差し。
声(クーイングや喃語)。
身振り。
泣くことさえ、大切なメッセージです。
Take Turnsとは、それらを受け取り、「ちゃんと届いたよ」と返すことなのです。
「応答」が脳を育てる
近年の乳幼児発達研究では、子どもが発信し、大人が応答するやり取りが、脳の神経回路を育てることが繰り返し示されています。
ハーバード大学が提唱するServe and Returnも、その代表的な考え方です。
子どもが「サーブ(発信)」し、大人が「リターン(応答)」する。
この繰り返しによって、脳の神経回路は強く結びついていきます。
つまり、大切なのは「話す量」ではなく、「やり取りの回数」なのです。
まだ言葉がなくても、やり取りはできる
ここで、多くの方がこんな疑問をもつかもしれません。
「でも、まだ言葉を話せない赤ちゃんとは、どうやってやり取りをするの?」
実は、赤ちゃんは言葉を話し始める前から、自分の気持ちや興味を一生懸命伝えています。
例えば、
コップを見つめる。
犬を指差す。
もっと遊びたくて両手を伸ばす。
「もう一回!」と言いたくて笑顔になる。
そんな一つひとつのサインを大人が受け取り、応えることで、やり取りは生まれます。
そして、その「伝わった」という経験が、次のコミュニケーションへの意欲につながっていきます。
ベビーサインも「Take Turns」を育てる方法のひとつ
私は20年以上、ベビーサインに携わってきました。
ベビーサインというと、「手話を教えるもの」というイメージをもたれることがあります。
でも、私が一番大切だと思っているのは、そこではありません。
ベビーサインの価値は、やり取りが増えることにあります。
まず、日々の生活の中で、ベビーサインを添えながら大人が語りかけます。すると、赤ちゃんは次第に、その手の動きに意味があることを理解して、やがて、自分でベビーサインを使い始めます。
例えば、毎日の授乳の際に
「今からミルク飲むよ」「おっぱい飲もうね」
と言いながら、【おっぱい・ミルク】のベビーサインを見せる。

すると、ある日、赤ちゃんはお腹がすいたら、泣いたり愚図ったりする代わりに【おっぱい】のベビーサインで教えてくれるようになります。
それを大人が
「あーおっぱい飲みたいんだね。ちょっと待ってね」
とベビーサインと言葉で受け止める。
こうして、赤ちゃんは「伝わった!」と感じ、また伝えようとする。
この繰り返しは、まさにTake Turnsそのものです。
だから私は、『3000万語の格差』を読みながら、「ベビーサインは、このTake Turnsを自然に増やすコミュニケーションなのだ」と、あらためて感じました。
「話せるようになる前」から、会話は始まっている
私たちは、「言葉が出たら会話が始まる」と考えがちです。
でも、本当にそうでしょうか。
赤ちゃんは、生まれたその日から、大人と関わろうとしています。
視線を送り、
表情を見つめ、
声を聞き分け、
笑顔を返す。
その一つひとつに大人が応えることで、赤ちゃんは「コミュニケーションは楽しい」「伝えれば応えてもらえる」ということを学んでいきます。
そして、そこに、ベビーサインがあることで、赤ちゃん自身が想いを発信することができるようになるんです。やり取りをわかりやすくスタートできる!
言葉は、そのずっと先に育ってくるものです。
おわりに
『3000万語の格差』というタイトルからは、「どれだけ多く話しかけるか」がテーマのように思えます。
でも、3つのTを読み進めて感じたのは、そうではありませんでした。
まず子どもの世界に入る(Tune In)。
その世界を言葉で豊かにする(Talk More)。
そして、お互いにやり取りを重ねる(Take Turns)。
この3つがそろって初めて、「豊かな言葉環境」が生まれるのです。
そして、その考え方は、近年の乳幼児発達研究が示している「応答的なコミュニケーション」の重要性とも重なっています。
「3000万語」という数字だけでは見えてこない、本当に大切なメッセージは、ここにあるのではないでしょうか。

2026.08.05「たくさん話しかければいい」は誤解? 2つ目のT「Talk More」が本当に伝えたいこと
「赤ちゃんには、たくさん話しかけましょう。」
子育て中、一度は聞いたことがある言葉ではないでしょうか。

『3000万語の格差』というタイトルからも、「話す量」が大切なのだと思われがちです。
でも、ダナ・サスキンド博士が3つのTの2つ目として紹介するTalk Moreは、単純に言葉数を増やすことではありません。
大切なのは、「どんな言葉を、いつ届けるか」。
その前提には、前回ご紹介したTune Inがあります。
Talk Moreは、Tune Inがあって初めて意味をもつ
子どもが積み木に夢中になっているとします。
そのときに、
「今日はお天気がいいね。」
「スーパーで何を買おうかな。」
と話しかけても、子どもの脳にはあまり届きません。
一方で、
「すごく高く積めたね。」
「次はどこに置く?ここ?」
「これは、青い積み木だね。」
そんな言葉ならどうでしょう。
子どもが見ているもの、感じていることに寄り添った言葉は、その子の世界とつながっています。
だからこそ、意味のある言葉として届くのです。
Talk Moreとは、「たくさん話すこと」ではなく、子どもの世界を言葉で豊かにしていくことなのです。
「実況中継」が語彙を育てる
乳幼児は、自分が体験していることと結びついた言葉を覚えやすいことが知られています。
例えば、公園で、犬を見かけたら、
「わあ、大きな犬だね。」
「しっぽを振っているね。」
「わっ、走ったよ。早いね~」
食事中だったら、
「これはね、人参。」
「シャキシャキするね。」
「甘いね。おいしいね。」
こんな感じ。これは単なる説明ではありません。
子どもが今まさに体験している世界に、大人が一緒に入って、言葉で表現してあげてるんです。
語彙は、辞書のように暗記して増えるものではありません。
私たちがかつて、英語を覚えるときにも、ただ、単語を丸暗記するよりも、
実体験を通した方が、ずっとわかりやすく、身につきましたよね。
子どもの言葉も、経験と言葉が結びつくことで、少しずつ育っていくんです。
「赤ちゃん言葉」は、幼稚だから使うのではない
本の中で印象的だったのが、「赤ちゃん向けの話し言葉」についての説明です。
高めの声。
ゆっくりした話し方。
抑揚のあるリズム。
短く、繰り返しの多い表現。
「お母さん語」とか、「マザリーズ」と言われるこの話し方は、大人同士ではあまり使わない話し方ですが、世界中の文化で共通して見られることが知られています。
これは、赤ちゃんを子ども扱いしているからではありません。
赤ちゃんが言葉に注意を向けやすくなるように、自然と工夫された話し方なのです。
つまり、「赤ちゃん言葉」は目的ではなく、子どもに言葉を届けるための手段なのです。
話す量より、「やり取り」の中で話すこと
Talk Moreを読んでいて、私が改めて感じたのは、
言葉は、関係の中で育つ。
ということでした。
大人が一方的に説明するだけではなく、
子どもの表情を見て、
反応を待ち、
また言葉を返す。
そんなやり取りの中で、言葉は生きた意味を持ち始めます。
だからTalk Moreは、「話すこと」ではなく、「つながること」なのだと思います。
私が感じたこと
「3000万語の格差」というタイトルだけを見ると、「量」が重要なのだと思ってしまいます。
でも、本を読み進めるほどに感じるのは、サスキンド博士が伝えたかったのは量ではなく質だということです。
もちろん、言葉が豊かな環境は大切です。
でも、その言葉は子どもの世界と結びついていなければ、本当の意味では豊かな言葉環境とは言えません。
まずTune Inで子どもの世界に入る。
そしてTalk Moreで、その世界を言葉で豊かにする。
この2つは、切り離せないものなのだと感じました。
次回は「Take Turns」
最後のTはTake Turns。
直訳すると「順番にやり取りする」。
一見すると当たり前のことのようですが、この「やり取り」こそが、子どもの脳の発達に大きな影響を与えることが、多くの研究で示されています。
そして私は、この章を読みながら何度もあるコミュニケーション方法を思い浮かべました。
それは、「まだ言葉を話せない赤ちゃん」とも自然にやり取りを生み出せる方法です。みんな分かってますよね?!
その話は、次回ご紹介したいと思います。
2026.08.04脳を育てる最初のT「Tune In」とは?
「子どもの興味に合わせましょう。」
子育てや保育の世界では、よく耳にする言葉です。
でも、『3000万語の格差』(ダナ・サスキンド著)でサスキンド博士が伝えたかったのは、「子どもに合わせる」ということではありません。
「子どもの世界に入ること」。
これこそが、3つのTの最初のT、「Tune In」の本当の意味なのです。
Tune Inとは「子どもの世界に周波数を合わせること」
「Tune In」は、ラジオのチューニングと同じ言葉です。
周波数をぴったり合わせると、雑音が消え、音がクリアに聞こえます。
子どもとのコミュニケーションも同じです。
大人が自分の伝えたいことを話すのではなく、まずは子どもが今、何を見ているのか、何に夢中なのか、その世界に親の意識をチューニングする。
それがTune Inです。
絵本を読むより、大切なこと
本の中で、とても印象的な場面が紹介されています。
親は「絵本を読んであげたい」と思っています。
ところが子どもは、床で積み木遊びに夢中です。
ここで、
「さあ、今から絵本読もう!」
と積み木をやめさせることもできます。
もちろん、それが悪いわけではありません。
でも、サスキンド博士は別の選択肢を示します。
親が子どもの隣に座り、
「すごいね、高く積めたね。」
「次はどこに置くの?」
と、一緒に積み木の世界へ入っていく。
子どもが望んでいるのは、
「今、私が見ている世界を、一緒に見てほしい。」
ということなのです。
たった5分でも脳は育つ
本には、こんな一節があります。
子どもが集中している世界の中で保護者が一緒に遊べば、たとえそれが5分で終わったとしても、脳の発達には役立つ!
なぜでしょうか。
子どもは、大人のように自由に注意を切り替えることが得意ではありません。
夢中になっている積み木から、急に絵本へ。
遊びから食事へ。
その切り替えには、大きなエネルギーが必要なんですって!(そんな、切り替えにエネルギーがいるなんて、考えてみたこともなかったわ~)
だからこそ、大人が子どもの世界へ入ることは、子どもの脳に余計な負担をかけずにコミュニケーションを深める方法でもあるのです。
Tune Inは「観察」から始まる
サスキンド博士は、Tune Inを支える土台として、
-
観察する
-
解釈する
-
行動する
という3つのステップを紹介しています。
まず子どもをよく見る。
何を見ているのかな。
何を伝えたいのかな。
そう考えてから言葉をかけたり、一緒に遊んだりする。
これは単なる「声かけのコツ」ではありません。
子どもの発信に応答する姿勢そのものです。
最新の乳幼児発達研究ともつながる
この考え方を読んで、私はすぐにいくつかの研究が頭に浮かびました。
ハーバード大学が提唱するServe and Return。
子どもの発信に大人が応答することが、脳の神経回路を育てるという考え方です。
また、**共同注意(Joint Attention)**の研究でも、大人と子どもが同じものに注意を向ける経験が、言葉や社会性の発達につながることが知られています。
サスキンド博士の「Tune In」は、こうした研究成果を、誰もが家庭で実践できる形にしたものなのだと感じました。
私が感じたこと
この章を読んでいて、一番印象に残ったのは、
「子どもに何を教えるか」よりも、「子どもが今見ている世界を、大人も一緒に見ること」が先なのだ
ということでした。
大人は、つい「次はこれをしよう」「これを覚えてほしい」と考えてしまいます。
でも子どもの脳は、興味をもった世界の中でこそ、もっともよく学びます。
だから、まずは大人が子どもの世界へ入る。
そこから言葉も、学びも、信頼関係も育っていくのです。
あーーーすべてベビーサインにつながってわ!
次回は「Talk More」を読み解きます
「3000万語の格差」というタイトルから、多くの人は「たくさん話しかけること」が大切だと思うかもしれません。
でも、サスキンド博士がいうTalk Moreは、単に話す量を増やすことではありません。
「どんな言葉を、どんなタイミングで届けるのか」。
そこにも、乳幼児発達の研究に裏づけられた大切な考え方がありました。
次回は、2つ目のT「Talk More」を一緒に読み解いていきたいと思います。

2026.07.30「3000万語の格差」は、本当に「たくさん話しかけること」で解決なの?
「赤ちゃんには、たくさん話しかけましょう。」
子育てをしていると、一度は耳にしたことがある言葉ですよね。
その背景には、「3000万語の格差」という有名な研究があります。
私は以前からこの研究の名前は知っていましたが、あらためて、ダナ・サスキンド博士の著書『3000万語の格差』をじっくり読み返してみました。

「3000万語の格差」とは?
この本のベースになっているのは、1995年にベティ・ハート氏とトッド・リズリー氏が発表した研究です。
研究では、乳幼児期の家庭での言葉の環境を長期間観察し、子どもが耳にする言葉の量には家庭によって大きな差があること、そして、その違いが後の語彙や学力と関連していることが報告されました。
この研究は「3000万語の格差」として広く知られ、世界中で乳幼児期の言葉かけの重要性が語られるきっかけとなりました。
もちろん、その後の研究では「3000万語」という数字自体には議論もあります。しかし、乳幼児期の豊かな言語環境が子どもの発達にとって重要であるという点は、多くの研究で支持されています。
著者は、小児人工内耳外科医
この本の著者であるダナ・サスキンド博士は、小児人工内耳外科医です。
難聴の子どもたちに人工内耳の手術を行う中で、同じように手術を受けても、その後の言葉の育ちには大きな違いがあることに気づきました。
その違いを生み出していたのは、手術そのものではなく、家庭で交わされる日々のコミュニケーションだったのです。
この経験からサスキンド博士は、脳科学や発達心理学の研究をもとに、「家庭でできること」をまとめたプログラムを作り、この本を書きました。
「たくさん話しかけましょう」だけではなかった
正直に言うと、「赤ちゃんにたくさん話しかけることの大切さ」が書かれている本なのだろうと思っていたんですが、違ったんですよ。というかそれ以上に面白いことがたくさん載っていました。
まず、今回の記事で書きたいのは第5章で紹介される「3つのT」の話。
サスキンド博士が伝えたかったのは、「話しかける量」を単純に増やすことではありませんでした。
子どもの脳を育てるために大切なのは、次の3つだと言います。
-
Tune In(チューン・イン)
子どもに意識を向け、その子が何に興味をもち、何を伝えようとしているのかに気づくこと。 -
Talk More(トーク・モア)
子どもの興味や体験に寄り添いながら、豊かな言葉で語りかけること。 -
Take Turns(テイク・ターンズ)
一方的に話すのではなく、子どもとのやり取りを繰り返すこと。
この3つを見た瞬間、「これは乳幼児発達の最新研究ともつながっている」と感じました。
この3つは、今の研究でも注目されている
近年の乳幼児発達研究では、
-
ハーバード大学が提唱する「Serve and Return(サーブ&リターン)」
-
応答的な養育(Responsive Parenting)
-
共同注意(Joint Attention)
など、「大人が子どもの発信に気づき、それに応えるやり取り」が、脳や言葉、社会性の発達を支えることが数多く報告されています。
サスキンド博士の「3つのT」は、それらの研究とも重なる考え方なのだと感じました。
次回は、「Tune In」を深掘りします
私はこれまで、「Tune In」とは「子どもの興味に合わせること」だと思っていました。
でも、本を読み進めると、それだけではありませんでした。
サスキンド博士が伝えたかった「Tune In」は、もっと深く、赤ちゃんとのコミュニケーションの土台になる考え方だったのです。
次回は、この最初のTである**「Tune In」**について、本の内容と乳幼児発達研究を交えながら、詳しくご紹介したいと思います。
2026.07.28子どもの視野は、大人とはこんなに違う〜「見えているはずなのに気づかない」には理由がありました〜
「ちゃんと見て!」
「ほら、こっち!」
そう声をかけても、子どもは全然こちらを見てくれない。
そんな経験はありますよね?
でも実は、それは「聞いていない」のでも、「わざと無視している」のでもないかもしれません。
子どもは、大人とは見えている世界が違うんですよ。
子どもの視野は、大人よりずっと狭い

拙著「ベビーサイン図鑑」でも紹介したんですが、大人と子どもではこんなに視野が違います。
大人は左右およそ150度、上下も広い範囲を見ることができます。一方、子どもの視野は左右約90度、上下も約70度程度といわれています。足下、ほんと、見えてないんですよね。
つまり、大人なら自然に目に入るものでも、子どもには見えていないことがあるのです。
例えば、歩いているとき。
大人は前だけでなく、横から近づいてくる自転車や車、人の動きにも自然と気づきます。
でも子どもは、目の前のことに集中すると、周りの情報が入りにくくなります。
だからこそ、子どもの交通事故が「飛び出し」で起こりやすい理由の一つにもなっています。
「見えていない」のではなく、「気づいていない」
ここで一つ、大切なことがあります。
実際には、「視野が狭い」ということだけでは説明できません。
乳幼児発達研究では、「何が見えているか」よりも、「何に注意を向けているか」が重要だと考えられています。
たとえ視界に入っていても、注意が向いていなければ、その情報はコミュニケーションに結びつかないんです。
だから赤ちゃんや子どもは、目の前にいる大人に気づかないこともあります。
反対に、大好きなおもちゃにはすぐ反応します。
違いは、「見える」「見えない」ではなく、対象物に「注意が向いているかどうか」なのです。
だから、まずは子どもの世界に入る
私は20年以上、ベビーサイン教室でたくさんの親子と出会ってきました。
その中でいつもお伝えしてきたことがあります。
それは、
「伝える前に、まず子どもが今いる世界に入ること。」
大人は、自分の立っている位置から話しかけてしまいがちです。
でも、少ししゃがんで目線を合わせるだけで、子どもの反応が変わることがあります。
子どもが見ているおもちゃの近くで話しかけると、自然とこちらにも注意が向くことがあります。
これは特別なテクニックではありません。
子どもの見えている世界に、大人が歩み寄っているだけなのです。
ベビーサイン協会で20年以上大切にしてきたこと
日本ベビーサイン協会では、20年以上前から「視線を捉えること」を大切にしてきました。
実はその考え方は、前回ご紹介した「手話版のお母さん語」や、ろうのお母さんたちのコミュニケーションから多くのヒントをいただいています。
そして、その後の乳幼児発達研究を読むたびに、「だから、この関わり方が大切だったんだ」と感じることがたくさんあります。
私たちが伝えてきたのは、手の形だけではありません。
赤ちゃんが見ている世界を理解し、その世界に寄り添うこと。
その積み重ねが、親子のコミュニケーションを育てていくのだと思っています。
今日からできること
もし、お子さんに何かを伝えたいと思ったら、まず一つだけ試してみてください。
「ちゃんと見て!」と言う前に、
「この子は今、何を見ているんだろう?」
とわが子を観察しながら考えてみることです。
そして、その視線の先を一緒に見てみてください。
その小さな積み重ねが、「伝える」よりも先に、「つながる」時間を増やしてくれるはずです。
今回紹介した研究・参考資料
-
Atkinson, J. (2000). The Developing Visual Brain. Oxford University Press.
-
Johnson, M. H. (2011). Developmental Cognitive Neuroscience.
-
Mundy, P., & Newell, L. (2007). Attention, Joint Attention, and Social Cognition. Current Directions in Psychological Science, 16(5), 269–274.
-
Brooks, R., & Meltzoff, A. N. (2005). The development of gaze following and its relation to language. Developmental Science, 8(6), 535–543.

2026.07.27ベビーサインの教え方のコツはどこから?
前回の記事では、世界中の親が赤ちゃんに自然と話し方を変える「マザリーズ(お母さん語)」についてご紹介しました。
そして最後に、「実は手話にも、お母さん語があるんです。」というお話をしました。
今回は、その続きをお話ししたいと思います。
手話にも「お母さん語」がありました
2002年、主人と「親子で楽しむベビーサイン」を出版したとき、リサーチ熱心な主人は国内外の研究をたくさん調べてくれました。
(私一人で書いていたら、絶対に欠落していただろう部分です・・・)
そのときに出会ったのが、「手話を母語とするろうのお母さんたちが、赤ちゃんにどのように手話で話しかけているのか」という観察研究でした。
研究では、大人同士で会話をするときとは違う、赤ちゃんに向けた特別な伝え方が見られたのです。
例えば、
・サインをゆっくり見せる
・動きを少し大きくする
・同じサインを繰り返す
・表情を豊かにする
さらに、赤ちゃんが見ているタイミングを大切にしながら、コミュニケーションを進めていました。
音声には音声の「お母さん語」があるように、手話にも「手話版のお母さん語」があったのです。
私たちが知りたかったのは、「何を教えるか」ではありませんでした
20年以上前、私と主人が出会ったこの研究と考え方が、今もベビーサイン協会の大事な「教え方のコツ」として存在しています。
ベビーサインは大人が手の動きを覚えて、闇雲に見せていけば赤ちゃんが覚えてくれるわけではありません。
普段、使い慣れない「手の動き」というコミュニケーション手段を、まだ未熟な赤ちゃんに、わかりやすく丁寧に教えていく必要があります。
だから、
「赤ちゃんにとって、どう見せたら伝わりやすいのだろう?」
ということにこだわりました。
ベビーサインは、ただ手の形を見せれば伝わるものではありません。
赤ちゃんは、大人のように長時間集中できるわけではありませんし、視線もあちこちに移ります。
だからこそ、「伝え方」がとても大切だと考えたのです。
20年以上、大切に伝えてきた4つの考え方
私たちが大切にしていることは、特別なテクニックではありません。
赤ちゃんに寄り添うため、タイミングや視線に気をつけ、わかりやすく見せていくこと。そして、赤ちゃんがベビーサインをしてくれるようになったら、その受け止め方も大切にしています。
研究が、現場の実践に意味を与えてくれた
20年以上前、私たちは「赤ちゃんには、こうすると伝わりやすい」と感じながら実践を重ねていました。
その後、共同注意、マザリーズ、同期(Synchrony)、応答的なやり取り(Responsive caregiving)など、さまざまな乳幼児発達研究が進み、当時大切にしていた考え方と重なる知見が次々と報告されるようになりました。
もちろん、私たちの教え方が一つの研究だけから生まれたわけではありません。
ろうのお母さんたちから学んだこと。
現場で何千組もの親子と出会ってきた経験。
そして、その後に積み重ねられた乳幼児発達研究。
それらが重なり合って、今の教え方があります。
私は、研究は「新しいことを教えてくれるもの」だけではないと思っています。
長年現場で積み重ねてきた実践に、「なぜ、それが大切だったのか」という意味を与えてくれるものでもあるのです。
2026.07.26なぜ赤ちゃんには、自然と声が高くなるの?──世界中にある「お母さん語」の不思議
赤ちゃんを前にすると、不思議なことが起こります。
「かわいいね~!」
「すごいね~!」
「じょうず、じょうず!」
気づけば、いつもより少し高い声で、ゆっくり、表情豊かに話しかけている自分がいませんか?
「私は赤ちゃん言葉は使わないようにしています。」
という方でも、話し方そのものは自然と変わっていることが多いのではないでしょうか。
実は、この話し方には名前があります。
Infant-directed speech(乳児向け発話)。
日本では「マザリーズ」や「お母さん語」「育児語」と呼ばれることもあります。
そして驚くことに、この話し方は日本だけではありません。
世界中のさまざまな文化で共通して見られることが分かっています。
世界中の親は、赤ちゃんにだけ話し方を変えていた
赤ちゃんに話しかけるとき、私たちは自然と、
・少し高い声になる
・ゆっくり話す
・抑揚が大きくなる
・同じ言葉を繰り返す
・笑顔で目を合わせる
そんな話し方になります。
例えば、目の前の赤ちゃんを食事に誘うとき
「○○さん、食事の用意ができました。着席して食べてください。」
なんて、言わないですよね。
「○○ちゃん、ご飯できたよ。お座りして、食べよっか」
って自然と話かけますよね。
しかも、面白いことに、これは誰かに教わったわけではありませんよね。
2022年に発表された国際共同研究では、6大陸・21の文化圏で録音された音声を分析した結果、赤ちゃんへの話しかけ方や歌いかけ方には、文化を超えて共通する特徴があることが報告されました。
言葉も文化も違うのに、赤ちゃんに向ける声は、とてもよく似ていたんです。
なぜ、わざわざ話し方を変えるのでしょう?
以前は、「赤ちゃんに分かりやすく話しているだけ」と考えられていました。
もちろん、それも大切な理由の一つです。
でも最近では、それだけではないことが分かってきています。
マザリーズには、
「今からあなたに話しかけるよ。」
という合図のような役割があると考えられています。
実際に研究では、赤ちゃんは大人同士の会話よりも、マザリーズのような話し方に、より長く注意を向けることが繰り返し報告されています。
つまりマザリーズは、赤ちゃんの注意を引きつけ、人とのコミュニケーションを始めるための、大切なきっかけになっているんです。
言葉だけを伝えているわけではない
私たちは、赤ちゃんに話しかけるとき、言葉だけを届けているわけではありませんよね。
優しい声のトーン。
豊かな表情。
目線。
間の取り方。
笑顔。
赤ちゃんは、そのすべてを受け取っています。
だから、マザリーズは「言葉を教える技術」というより、「あなたとやり取りしたいよ」という気持ちを伝えるコミュニケーションそのものなのかもしれません。
ベビーサイン教室でも、同じことが起きていました
私は20年以上、ベビーサインをとおして、たくさんの親子と出会ってきました。
その中で感じてきたのは、ベビーサインを見せるときも、保護者の話し方が自然と変わることです。
ゆっくり、表情をつけて、声のトーンを変えて、赤ちゃんの目を見ながら。
誰かに教わったわけでもないのに、多くの保護者が自然とそんな関わり方になります。
今回、マザリーズの研究を読みながら、「だからだったのか」と思いました。
赤ちゃんは言葉だけを聞いているのではなく、コミュニケーション全体を受け取っているのです。
ここで、ちょっと自慢したいこと
実は、この「お母さん語」は、音声だけの話ではありません。
手話を母語とする、ろうのお母さんたちにも、赤ちゃんに向けた特別な「手話版のお母さん語」があることが報告されています。
20年以上前、私と主人は「ベビーサインを赤ちゃんにとって分かりやすく、親子で楽しく伝えるにはどうしたらいいのだろう?」と試行錯誤していました。
そのときに出会ったのが、「手話版のお母さん語」の研究や、ろうのお母さんたちのコミュニケーションでした。
そこからヒントを得て形になったのが、日本ベビーサイン協会で20年以上大切に伝えてきた「教え方のコツ」です。
次回は、手話版のお母さん語の研究とともに、その原点についてご紹介したいと思います。
今回紹介した主な研究
Hilton, C. B., et al. (2022). Acoustic regularities in infant-directed speech and song across cultures. Nature Human Behaviour.
DOI: 10.1038/s41562-022-01410-x
ManyBabies Consortium (2020). Quantifying sources of variability in infancy research using the infant-directed-speech preference. Advances in Methods and Practices in Psychological Science.
DOI: 10.1177/2515245920974699
2026.07.24なぜ「リズム」が言葉の発達につながるの?──赤ちゃんの脳で起きていること
「歌を歌うと、言葉の発達にいいらしい。」
そんな話を聞いたことはありませんか?
でも、なぜ歌が言葉につながるのでしょう。
実は、最近の乳幼児発達研究では、「音楽」と「言葉」はまったく別のものではなく、どちらも**”時間の流れの中にあるパターン”**として脳が処理している可能性があることが分かってきました。
今日は、その不思議なつながりをご紹介します。
赤ちゃんに聞こえている世界は、大人とは違う
私たちは、「お・は・よ・う」という一つの言葉を自然に聞き取っていますよね。
でも、生まれたばかりの赤ちゃんは違います。
赤ちゃんに聞こえているのは、まだ「お・は・よ・う」という一つの言葉ではなく、音が次々につながって聞こえてくる状態です。
たとえば私たちには「お・は・よ・う」と一つの言葉に聞こえますが、赤ちゃんには、どこで区切ればいいのか分かりません。
「おは」で区切るの?
「おはよ」で区切るの?
それとも全部つながった一つの音なの?
そんな状態から、赤ちゃんは少しずつ言葉を見つけていくのです。
では、どうやってその「言葉のまとまり」を見つけているのでしょうか。
赤ちゃんは「音のパターン」を見つける名人だった
乳幼児研究でよく登場する言葉に、「統計学習(Statistical Learning)」があります。
少し難しく聞こえますが、やっていることはとてもシンプルです。
赤ちゃんは、毎日聞こえてくる音の並びを無意識のうちに観察・分類しています。
例えば、「お」の後には「は」が来ることが多い。
「は」の後には「よ」。
「よ」の後には「う」。
こうした音のつながりを何度も経験することで、「おはよう」という一つのまとまりを少しずつ見つけていくのです。
誰かが教えているわけではありません。
赤ちゃん自身が、音の規則性を見つけて学んでいるのです。
この能力は、生後8か月頃の乳児でも確認されており、乳児の言語獲得の土台になる重要な仕組みだと考えられているんですって!
リズムも「次を予測する力」を育てている
ここで音楽の話につながります。
音楽を聴いていると、自然と手拍子をしたり、体が揺れたりすることがありますよね。
それは、脳が「次はこのタイミングだ」と先回りして予測しているからです。
これを「リズム予測(Rhythmic Prediction)」と呼びます。
私たちの脳は、規則的なリズムを聞くと、「次も同じタイミングで音が鳴るだろう」と自然に予測します。
そして最近では、この「予測する力」が、言葉を聞き取るときにも使われている可能性があることが報告されています。
つまり、音楽を処理する脳と言葉を処理する脳には、共通する仕組みがあるのではないか、と考えられているのです。
「歌えば頭が良くなる」という話ではない
ここで一つ、とても大切なことがあります。
この記事を読んで、「じゃあ、たくさん歌を聞かせれば言葉が伸びるんだ!」と受け取ってほしいわけではありません。
現在の研究では、音楽経験と言語発達の関連は数多く報告されていますが、それだけで言葉の発達が決まるとは言えません。そんな単純なものではありませんよね。
子どもの育ちには、親子のやり取りや遊び、絵本、睡眠、生活環境など、たくさんの要素が関わっています。
だからこそ大切なのは、「音楽を聞かせること」ではなく、「音楽を通して人と関わること」なのです。
だから、歌には意味がある
赤ちゃんに歌うとき、大人は自然と顔を見ます。
笑顔になります。
体を揺らします。
手を動かします。
赤ちゃんも、その表情や動きを見ながら、同じリズムを感じています。
歌は、音だけを届けているのではありません。
親子が同じ時間を共有し、「今、一緒にいるね」という体験をつくっています。
その中で赤ちゃんは、音の流れを感じ、リズムを感じ、人とのやり取りを楽しみ、少しずつ言葉の世界へ近づいていくのかもしれませんね。
研究は、子育ての風景を違って見せてくれる
研究を読む前は、「歌は楽しいから歌うもの」と単細胞な私は思っていました。
でも研究を知ると、毎日の子育ての風景が少し違って見えてきますよね。
抱っこしながら歌うこと。
手遊び歌で笑い合うこと。
赤ちゃんの声に合わせて歌い返すこと。
そんな何気ない時間の中で、赤ちゃんの脳は、音の規則性を学び、人とのタイミングを感じ、言葉につながる土台を少しずつ育てているのかもしれません。
やっぱり、目の前の赤ちゃんと触れ合って楽しむことって、子育ての基本中の基本なんだな、と改めて感じます。
そして私は、そのやり取りの中にベビーサインという「手の動き」が加わることで、親子のコミュニケーションはさらに豊かになると、20年以上感じてきました。
今回の論文を読んで、「歌」「リズム」「言葉」は別々のものだと思っていた私の中で、一つにつながりました。
20年以上教室で当たり前のように歌ってきた時間にも、こんな発達的な意味があったのかもしれないな~。
研究は、新しい知識を教えてくれるだけではなく、これまで積み重ねてきた実践を、もう一度見つめ直すきっかけも与えてくれますね。
これからも「乳幼児発達研究ラボ」では、世界中の研究を読み解きながら、保育・医療・家庭で生かせる言葉に翻訳してお届けしていきます。
今回紹介した主な研究
Saffran, J. R., Aslin, R. N., & Newport, E. L. (1996). Statistical learning by 8-month-old infants. Science, 274(5294), 1926–1928.
DOI: 10.1126/science.274.5294.1926
Ladányi, E., et al. (2025). Rhythm Processing Across Development: Origins, Links to Language Processing, and Perspectives for Intervention. Annals of the New York Academy of Sciences.
DOI: 10.1111/nyas.70161
PMID: 41400590
Hilton, C. B., et al. (2022). Music of infant-directed singing entrains infants’ social visual behavior. Proceedings of the National Academy of Sciences.
DOI: 10.1073/pnas.2212139119
PMID: 36322755









