2026.06.21スクリーンタイムが悪いのではない。失われる「やりとり」が問題だった
子育てをしていると、スクリーンタイムって悩ましい問題ですよね。
「テレビは見せない方がいい」
「YouTubeは発達に悪影響」
「スマホ育児は危険」
そんな言葉を見るたびに、
「じゃあ、どれくらいなら大丈夫なの?」
「少し見せてしまった私はダメな親なの?」
と不安になる方もいるかもしれません。
実は最近の研究を読んでいて、とても興味深いことを知りました。
それは、
スクリーンタイムそのものが問題なのではなく、その時間に失われる親子のやりとりこそが重要なのではないか
ということです。
研究者たちは何を見つけたのか
2023年に発表された研究では、幼児のスクリーンタイムと発達の関係について調べました。
その結果、
スクリーンタイムが長い子どもほど、
・言語発達が低い傾向がある
・親子の関係性に影響がみられる
ことが確認されました。
ここまでは、これまでにもよく聞く話ですよね?!
ところが研究者たちはさらに分析を進めました。
すると、スクリーンタイムと発達の関係の間には、
・親子での読み聞かせ
・親子の会話
・一緒に遊ぶ時間
が大きく関係していることがわかったのです。
つまり、
「スクリーンを見ているから発達に悪い」
という単純な話ではなく、
「スクリーンを見る時間が増えることで、親子が関わり合う時間が減ってしまう」
ことが問題だったのです。
私はこの結果を読んで、とても納得したんですよ!
赤ちゃんは”やりとり”で育つ
赤ちゃんは、一人で育つことはできませんよね。
お腹が空けば泣き、
抱っこしてもらえば安心し、
笑いかけてもらえば笑い返します。
生まれたその日から、
「誰かとのやりとり」
の中で育っています。
そして生後9〜10か月頃になると、そのやりとりはさらに大きく変化します。
赤ちゃんは、
ママと自分だけの関係から、
ママ・自分・モノ
という三項関係を持てるようになります。
例えば、おもちゃを見て、
「ねえ、見て!」
というようにママの顔を見ます。
ママも同じおもちゃを見て、
「本当だね!」
と応えます。
この、
同じものに注目し、
気持ちを共有する経験を
共同注意
と呼びます。
実は、言葉の発達も社会性の発達も、この共同注意の積み重ねの上に育っていくことがわかっています。
読み聞かせが良いのはなぜ?
私はこれまで20年以上、ベビーサインを通してたくさんの親子を見てきました。
その中で感じるのは、
読み聞かせが良い理由は、絵本そのものにあるのではない
ということです。(あっ、もちろん、絵本を否定しているわけでも、内容の善し悪しについて議論したい訳でもありません)
もちろん絵本は素晴らしいものです。
でも本当に大切なのは、
ママと赤ちゃんが同じページを見ること。
犬の絵を見て、
「ワンワンだね」
と気持ちを共有すること。
ページをめくって、
「次は何かな?」
と一緒にワクワクすること。
つまり読み聞かせとは、
親子の共同注意の時間なのです。
だからこそ研究でも、読み聞かせが発達を支える大切な要素として現れてくるのでしょう。
ベビーサインもまた「やりとり」を増やす
私は研究結果を読みながら、
「これはベビーサインにも通じる話だな」
と思いました。
まだ、おしゃべりできなくてもベビーサインで
赤ちゃんは
「あれ見て!」
「もっと!」
「わんわん!」
と、自分の気持ちを伝えようとします。
すると大人は、
「そうだね、犬だね」
「もっと欲しいんだね」
と応えます。
そこには必ず、
相手を見る、
気持ちを受け取る、
気持ちを返す、
というやりとりがあります。
ベビーサインの価値は、単に言葉が出る前に意思表示できることだけではありません。
親子のやりとりを増やし、
共同注意の機会を増やし、
お互いの気持ちを共有する時間を増やしてくれること。
そこにあるのではないかと思うんです。
スクリーンを減らすより大切なこと
私は「スクリーンを一切見せるな」と言いたいわけではありません。
今の時代、それは現実的ではないでしょう。(でも、実は2歳までは0時間が推奨です!)
それよりも大切なのは、
今日一日の中で、
赤ちゃんと一緒に笑った時間はあったかな?
同じものを見て、
「見てごらん」
と指差した時間はあったかな?
絵本を読んだかな?
ベビーサインを見せたかな?
そんなことなのかもしれません。
研究が教えてくれたのは、
子どもの発達を支えるのは情報ではなく、
人とのやりとり
だということ。
そしてそのやりとりは、
特別な教材や特別な環境がなくても、
毎日の暮らしの中で育てていくことができるのです。
2026.06.19“もう一度子育てしたい”と思った日
0・1・2歳児保育を考える
― 小さな人を尊重する保育 ―
これまでたくさんの保育士さんや保護者の方に、ベビーサインのお話をしてきました。
その中で、忘れられない感想があります。
それは、
「ベビーサインの話を聞いて、もう一度子育てをしてみたくなりました!」
という言葉です。
私はその言葉を聞いた時、
とても嬉しかったのと同時に、
その気持ちがよく分かるなぁと思ったんです。
なぜなら、私自身もそうだからです。
もちろん、
もう一度夜泣きの相手をしたいわけではありません(笑)。
離乳食を作りたいわけでもありません。
イヤイヤ期をもう一度経験したいわけでもない。
でも、
もしもう一度赤ちゃんを育てられるなら。
もしもう一人、いや二人くらい産めるなら。
私は迷わずまたベビーサイン育児をしたいと思います。
それくらい楽しかったのです。
ベビーサイン育児をしていると、
赤ちゃんとの毎日が、
ただお世話をする時間ではなくなります。
ある日突然、
【もっと】
が返ってくる。
「あ、もっと食べたかったんだ!」
と分かる。
【おしまい】
が返ってくる。
「もういらないんだね」
と分かる。
【犬】
【飛行機】
【痛い】
【やって】
小さな手が動くたびに、
「そう思ってたの?」
「そんなこと分かってたの?」
の連続です。
私は何度も驚かされました。
そして何度も笑いました。
赤ちゃんって、
こんなに頭の中で考えていたんだ。
こんなにたくさん分かっていたんだ。
こんなに伝えたかったんだ。
そう思う瞬間がたくさんありました。
子育てをしていると、
どうしてもありますよね。
「なんで泣いてるの?」
「どうしたいの?」
「何が嫌だったの?」
そんなふうに途方に暮れる時間が。
もちろんベビーサインがあれば全部分かるわけではありません。
でも、
分からない時間は確実に減ります。
そして、
分かり合える時間は確実に増えます。
私はそこが大きいと思うのです。
ベビーサインは、
何かを早くできるようにするためのものではありません。
赤ちゃんとの毎日を、
もっと面白くしてくれるもの。
もっと笑顔にしてくれるもの。
もっと「この子ってすごいな」と思わせてくれるもの。
だから、
あの感想をくださった方が、
「もう一度子育てしたい」
と思ったのも分かるのです。
きっとその方は、
子育てをやり直したいのではありません。
ベビーサインがある毎日を、
わが子と体験してみたかったのだと思います。
おしゃべりできない時期から、
もっと気持ちを知りたかった。
もっと会話をしたかった。
もっと笑い合いたかった。
そう思ったのではないでしょうか。
私自身、
ベビーサインをしている親子を見ると、
息子との時間を思い出します。
「あの時、こんなサインしてたな」
「あんなこと話してたな」
そんな記憶が今でも鮮明によみがえります。
ベビーサインは、
赤ちゃんとの時間を豊かにしてくれるだけではありません。
その時間を、
いつまでも色あせない思い出にしてくれるものなのかもしれません。
だから私は今日も思います。
もし戻れるなら、
もう一度ベビーサイン育児がしたいな、と。
2026.06.16“もっと!”は自己肯定感の始まり
0・1・2歳児保育を考える
― 小さな人を尊重する保育 ―
最近は、
「自己肯定感を育てたい」
という言葉をよく耳にしますね。
保育の現場でも、
子育ての情報の中でも、
自己肯定感は大切。
自己肯定感を高めよう。
そんな言葉があふれています。
もちろん私も、
自己肯定感は大切だと思っています。
でも、
自己肯定感って、
どうやって育つのでしょう。
「あなたは素晴らしいよ」
とたくさん褒められること?
できることが増えること?
成功体験を積むこと?
もちろんそれもあるかもしれません。
でも私は、
乳児期の自己肯定感の土台は、
もっとシンプルなところにあるような気がしています。
それは、
「自分の気持ちが伝わった」
という経験です。
例えば食事の時間。
赤ちゃんが【もっと】のベビーサインをします。
すると大人が、
「もっと食べたいんだね」
と受け取る。
そしておかわりが出てくる。
たったそれだけのこと!シンプルすぎる!!!
でも赤ちゃんの中では、
大きな出来事が起きているんですよ。
自分で伝えられた。
わかってもらえた。
そして自分の思いが叶った。
この一連の経験です。
私はここに、
自己肯定感の芽があると思うんです。
まだおしゃべりができない赤ちゃんにとって、
伝えたいのに伝わらない。
わかってほしいのにわかってもらえない。
という経験は日常すぎます。特にベビーサインがないと(涙)
赤ちゃんだけでなく、もちろん大人もわかってあげたい!と一生懸命です。
でも、
「お腹すいたのかな?」
「眠いのかな?」
「これが欲しいのかな?」
と想像するしかないことの方が多いのではないでしょうか?
そんな中で、
【もっと】

というサインが返ってきたら。
大人はそれを受け取れる。
赤ちゃんはそれがあるから伝えられる。
そこに小さな対話が生まれます。
私は長年ベビーサインを見てきましたが、
子どもたちは
「伝わる」
ことが大好きです。
一度伝わる喜びを知ると、
また伝えたくなる。
またやってみたくなる。
そして、ベビーサインの数だけ
どんどん世界が広がっていきます。
そしてそのたびに、
「伝わった!」
を積み重ねていくのです。
私は自己肯定感とは、
何か特別な言葉をかけてもらうことで育つものではなく、
「自分は無力じゃない!自分には人に働きかける力がある」
という感覚から育つものではないかと思っています。
手を動かしたら伝わった。
伝えたら応えてもらえた。
自分の思いには価値があった。
その積み重ねです。
だからベビーサインの【もっと】は、
単なる「おかわり」のサインではありません。
私は、
人生で最初の
「私は伝えられる」
という経験のひとつだと思っています。
そしてその経験は、
やがて言葉になり、
会話になり、
人との関係を築く力になっていきます。
自己肯定感というと、
つい難しく考えてしまいます。
でもその始まりは、
案外こんな小さなやり取りなのかもしれません。
【もっと】
その小さな手の動きの中には、
「私の気持ちを聞いて」
という願いと、
「伝わった!」
という喜びが詰まっているのです。
あっ、ベビーサイン教室のアンケートによると、
ほぼ100%の赤ちゃんが使えるようになるのも
この【もっと】のベビーサイン!
やらなくちゃ、もったいない!
保育園での導入事例もたくさん載せました。こちらの「ベビーサイン図鑑」是非ご覧ください。(今、Amazon、在庫がありません(増刷準備中)・・・楽天ブックスでどうぞ!)

2026.06.10“教育”ではなく、“子育てを楽しくするもの”だった
0・1・2歳児保育を考える
― 小さな人を尊重する保育 ―
ベビーサインの話をすると、
「頭が良くなるんですか?」
「言葉を覚えるのが早くなるんですか?」
そんな質問をいただくことがあります。
もちろん研究の中には、
語彙の発達やコミュニケーションに関する興味深い報告もあります。
でも私は20年以上ベビーサインを伝えてきて、
その価値を一言で表すなら、
「子育てが楽しくなる」
ことだと思っています。
実際にこんな感想をいただいたことがあります。
「教育ではなく、子育てを楽しくするものなんだという事がわかり、子育てに悩んだり辛いと感じている人にはやってみる価値があると思った」
私はこの感想を頂いた時に「うん!伝わった!」という実感が持てました。
だって、
ベビーサインの本質をよく表していると思うから!
今の時代、
子育てをしていると本当にたくさんの情報が入ってきます。
(気の毒なくらい・・・・)
絵本は何冊読んだ方がいい。
英語は早く始めた方がいい。
運動能力を伸ばすには。
非認知能力を育てるには。
自己肯定感を高めるには。
もちろん、どれも大切な視点です。
でも、その情報が増えれば増えるほど、
「ちゃんとやらなきゃ」
「もっと頑張らなきゃ」
と苦しくなってしまうことありませんか?
(私の時代はそんなに情報がなくて、助かったな~と今振り返ると思います。)
子育てが、
楽しむものではなく、
課題をこなすものになってしまう。
そんな親御さんも少なくありません。
でも赤ちゃんにとって本当に大切なのは、
毎日の中で、
誰かと笑い合うこと。
誰かと気持ちを通わせること。
「伝わった!」
を経験すること。
だと私は思うんです。
ベビーサインをしている親子を見ていると、
そこには特別な教材もありません。
難しい理論もありません。
あるのは、
「もっと?」
「そうだったの?」
「ほんとだね~」
という会話です。
そして、
そのやり取りの中で、
親が笑う。
赤ちゃんが笑う。
また親が笑う。
そんな時間が生まれます。
私はそれがベビーサインの本当の魅力であり、
私がずーーーーっと伝え続けたい本質でもあります。
以前、
「ベビーサインの話を聞いて、もう一度子育てをしてみたくなりました!」
という感想をいただいたことがあります。
その言葉を聞いた時、
私も、そうそう!って思いました。
だって、
ベビーサインが伝えたいのは、
能力開発でも、
早期教育でもなく、
子どもと過ごす時間の楽しさだからです。
(あっ、結果的にいろいろすごい能力や器用さなど、やって良かった~の教育的メリットもたくさん付いてきますけどね!)
乳児期は短い。
振り返ると、本当にあっという間です。
だからこそ私は、
何かを身につけさせることよりも、
何かができるようになることよりも、
親子で笑い合った記憶をたくさん残してほしいと思っています。
ベビーサインは、
そのための特別な教育法ではありません。
「今日も楽しかったね」
を増やしてくれる、
親子のコミュニケーションの道具です。
もしそれによって、
親が少し肩の力を抜いて、
子どもと向き合う時間を楽しめるのなら。
それだけでも、
十分価値があるのではないかと私は思うのです。
2026.06.08ベビーサインが必要とされる場所は、私が思っていたよりずっと広かった
先日、「病児の遊びケア・フォーラム」にベビーサイン協会として出展してきました。

今回お声がけいただいたのは、東京おもちゃ美術館で長くベビーサインを伝えてくださっているレジェンドベビーサイン講師陣=福田さん、市川さん、堀江さんたちのおかげです。いつもありがとう~
当日は新人講師さん2名も手伝いに来てくれ、たくさんの方がブースに足を止めてくださいました。

私は20年以上、ベビーサインの普及活動を続けています。
その中で、
「話し言葉が出る前の赤ちゃんとのコミュニケーション」
としてベビーサインを伝えてきました。
でも今回のフォーラムで改めて感じたのは、
ベビーサインが必要とされる場所は、私が思っているよりもずっと広いのかもしれない
ということでした。
支援施設を運営されている方がブースに来てくださり、
「こういうコミュニケーション方法を探していたんですよ」
と声をかけてくださいました。
また、あるお父さんは、
「最近、この子の中に『何かしたい!』という気持ちがたくさん出てきているんです。でも、それを読み取ってあげるのに限界を感じていて……」
と話してくださいました。
もちろん、病気や障害の状態によってはベビーサインでのコミュニケーションが難しいケースもあります。
ベビーサインが万能だとは思っていません。
でも、
『知っている』
ことと、
『知らない』
ことの差は大きい。
もしかしたら使えるかもしれない。
もしかしたら親子の助けになるかもしれない。
そんな選択肢の一つとして存在を知ってもらうことに大きな意味があると感じました。
ベビーサインは赤ちゃんのためだけのものではないのかもしれません。
伝えたい気持ちがある。
でも言葉では難しい。
そんな場面は、私たちが思っている以上にたくさんあります。
医療の現場。
福祉の現場。
支援の現場。
そして家庭の中。
今回のフォーラムは、そんなことを改めて考えさせてくれる機会になりました。
20年以上活動を続けてきても、
まだ出会えていない人がいる。
まだ届いていない場所がある。
だからこそ、これからもまずは知ってもらうことを大切にしていきたいと思います。
ちなみに当日は行きも帰りも曇り空だったのに、なぜか富士山の全景が見えました。

新しいご縁の始まりを応援してもらったような気がしています。
ベビーサインが必要な人に、必要なタイミングで届く。
そんな未来につながる一日でした。
2026.06.04赤ちゃんの気持ちを測る体温計があったらいいのに
赤ちゃんが熱を出したとき。
親は心配になりますね。
でも、体温計を脇にはさんでみると、
「38.5℃」
という数字が表示されます。
高熱なら高熱で心配です。
けれど、少なくとも今何が起きているのかは分かります。
だから次に何をすればいいのか考えられます。
病院へ行こう。
水分を取らせよう。
少し様子を見よう。
判断材料があるからです。
ところが育児には、体温計のように数値化できないことがたくさんあります。
赤ちゃんが泣いている。
でも理由が分からない。
お腹が空いたのかな?
眠いのかな?
暑いのかな?
怖かったのかな?
それとも、ただ抱っこしてほしいだけなのかな?
親は必死に考えます。
抱っこしてみる。
おむつを替えてみる。
ミルクをあげてみる。
それでも泣き止まないこともあります。
そんなとき、
「何で泣いているの?」
と途方に暮れた経験がある方も多いのではないでしょうか?
実は、育児の大変さの多くは、この
「分からないこと」
から生まれます。
熱があることより、
理由が分からないことの方が不安なのです。
私は20年以上、ベビーサインの普及活動を続けてきました。
その中でたくさんのご家庭を見てきましたが、
ベビーサインの価値は、
赤ちゃんが賢くなることでも、
語彙が豊富になることでもありません。
もちろん、それらもあとから付いてくるんですが・・・
でも本質は別のところにあります。
それは、
赤ちゃんに「泣く」以外の伝える手段を渡してあげること。
例えば、
「もっと」

「おしまい」

「おっぱい」

「いたい」

「ねんね」

そんなベビーサインを使って、
赤ちゃん自身が気持ちや要求を伝えられるようになるのです。
わが家の娘のエピソード。
車に乗っているときにはよくCDで音楽をかけていたのですが、音楽が流れているのに、ずっと【音楽】のベビーサインをすることがあって。実はCDを聞きたいのではなく、私に「生歌」を歌って!というリクエストで、このベビーサインを使っていたんです。
ドライブ中、ずっと歌を歌っていた私は大変だったけど、これは単なる可愛いエピソードなんかじゃなくて、
赤ちゃんの中には、
私たちが思っている以上に豊かな気持ちや考えが存在している。
そのことを教えてくれる出来事だな~と改めて思ったんです。
言葉を話せないからといって、
伝えたいことがないわけではありません。
むしろ、
伝えたいことはたくさんあるのに、
伝える方法がない。
それが赤ちゃんの世界なのです。
ベビーサインは、
赤ちゃんの気持ちを完璧に読み取る魔法ではありません。
赤ちゃんの気持ちを100%理解できる体温計でもありません。
それでも、
親子の間に一本の細い通信回線をつないでくれます。
「もしかして、こう言いたかったのかな」
「伝わったね」
そんな小さな成功体験が増えていきます。
そして、その積み重ねが親子の信頼関係を育てていくのです。
私は時々思います。
育児が大変なのは、
赤ちゃんが泣くからではなく、
その理由が分からないからなのかもしれない、と。
だからこそ私は、
赤ちゃんが言葉を話せるようになるのを待つのではなく、
話せない時期から対話を始められるベビーサインを伝え続けています。
赤ちゃんの気持ちを測る体温計はありません。
でも、
赤ちゃんの「伝えたい」を受け取る方法ならあります。
2026.06.04「“おしまい”がわかると、子どもは落ち着く」
0・1・2歳児保育を考える
― 小さな人を尊重する保育 ―
「まだ遊びたい!」
そんな子どもの声が聞こえてきそうな場面は、保育現場でも家庭でも毎日のようにありますよね。
おもちゃで遊んでいたのに片付けの時間になった。
公園で楽しく遊んでいたのに帰る時間になった。
絵本を読んでいたのにお昼寝の時間になった。
大人にとっては当たり前のことでも、子どもにとっては大事件です。
特に0・1・2歳の子どもたちは、まだ時間の感覚が十分に育っていません。
時計を見て行動することもできませんし、「あと5分ね」と言われても、その意味を理解することは難しいでしょう。
だから突然、
「おしまい!」
と言われると、
「なんで?」
「まだやりたい!」
という気持ちになってしまうのです。
そして時には、
泣く。
怒る。
床に寝転がる。
そんな姿につながることもあります。
でも私は、こうした場面を見ていると、
「切り替えが苦手」
なのではなく、
「まだ終わることが理解できていない」
だけなのかもしれないと思うのです。
実際、ベビーサインを取り入れている保育園では、【おしまい】のサインがとてもよく使われています。

開いた両手をすぼめながら、下に下ろします。日本手話です。
この手の動きを添えて
「おしまいだよ」
「ご飯、おしまい」
「お片付けして、おしまい」
と毎日繰り返し伝えていきます。
最初はもちろん、子どもたちも意味がわかりません。
でも繰り返し見ているうちに、
「あ、このベビーサインが出ると終わるんだな」
ということが少しずつわかってきます。
すると不思議なことに、
気持ちの準備ができるようになってくるのです。
私はベビーサインの大きな役割の一つは、
「見通しを伝えること」
だと思っています。
大人だってそうですよね。
何も知らされずに会議を終わらされたり、
急に予定変更されたりすると戸惑います。
でも、
「あと10分で終わります」
「次はこれをします」
とわかっていると安心できます。
子どもたちも同じです。
むしろ、経験が少ない分だけ、見通しが持てることは大人以上に大切なのかもしれません。
最近は発達支援の現場でも、
「見通し」
「予測可能性」
「安心して過ごせる環境」
の重要性がよく語られています。
私は、その考え方はすべての子どもたちに共通するものだと思っています。
ベビーサインの【おしまい】は、
単に活動を終わらせるための合図ではありません。
「次に進む準備をするためのサイン」
なのです。
そしてもう一つ、私は【おしまい】には大切な意味があると思っています。
それは、
「終わることを受け入れる経験」
です。
人生には、
終わる遊びがあります。
終わる時間があります。
終わる出来事があります。
だからこそ、
終わることを知り、
受け入れ、
次へ進む。
その小さな練習を、子どもたちは毎日の生活の中で繰り返しています。
【おしまい】のサインは、その手助けをしてくれるのです。
保育とは、
子どもを思い通りに動かすことではありません。
子どもが安心して次の一歩を踏み出せるよう支えること。
私はそう思っています。
だから今日も、
「おしまいだよ」
と伝えながら、
子どもたちの小さな心の準備を待ちたいと思うのです。
ベビーサインを保育園に取り入れるには???
以下からご覧いただけます。
2026.06.01「ちょうだい」で嬉しそうに渡してくれる理由。研究を読んで思ったこと
先日、とても興味深い研究を見つけました。
2歳くらいの子どもは、自分が何かをもらう時よりも、誰かに何かをあげる時の方が幸せそうな表情を見せるという研究です。
「えっ、本当?」
って実は思ったんですけどね。
だって子どもって、「ちょうだい」と言われると嫌がることもありますよね。
でも研究を読みながら、私はベビーサイン教室で何度も見てきた光景を思い出しました。
ベビーサインでは「どうぞ」を教えていません
実はベビーサインには、教えるといいよっていうベビーサインと教えなくてもいいベビーサインがあります。
例えば【ちょうだい】は教えます。
でも【どうぞ】や【あげる】は教えていません。よく聞かれるんですけど・・・
教えなくてもいい理由は、手に持っているものを相手に差し出せば、それだけで意味が伝わるからです。
わざわざベビーサインとして覚えなくても、行動そのものが「どうぞ」になっているのです。
「ちょうだい」をすると嬉しそうに渡してくれる
教室でよくある場面があります。
赤ちゃんがおもちゃや積み木を持っています。
そこで私たちが【ちょうだい】のベビーサインを見せながら、
(両手のひらを重ねて、とんとんとするジェスチャーです)
「ちょうだい」
とお願いしてみます。
すると、
「はい!」
と言わんばかりの笑顔で渡してくれることがあるのです。
もちろん毎回ではありません。
大好きなおもちゃなら断られることもあります(笑)。
それでも、得意そうな顔で手渡してくれる子は本当にたくさんいます。
私は長い間、
「大人とのやり取りが楽しいんだろうな」
くらいに思っていました。
でも今回の研究を読んで、
もしかしたらそれだけではないのかもしれない
と思ったんです。
人を喜ばせることが嬉しいのかもしれない
研究者たちは、
「褒められたから嬉しい」
「言われた通りにできたから嬉しい」
だけでは説明できないことを示しています。
もしかすると子どもたちは、
誰かに何かを渡すことそのものに喜びを感じているのかもしれません。
そう考えると、教室で見てきたあの笑顔も違って見えてきます。
赤ちゃんは「渡したい」という気持ちがあって、
そしてその行為そのものを楽しんでいたのかもしれません。
でも、2歳になると急に貸せなくなることもあります
ここで、
「でも2歳頃って急に貸してくれなくなりますよね?」
と思った方もいるかもしれません。
その通りです。
1歳の頃は平気で渡していたのに、
2歳を過ぎたあたりから
「イヤ!」
「ぼくの!」
「わたしの!」
が増える子もいます。
これは社会性が育っていないからではありません。
むしろ発達の中ではとても大切な過程です。
子どもはこの時期、
「自分」という存在を育てています。
自分で決めたい。
自分でやりたい。
これは自分のもの。
そんな気持ちがぐんぐん育つ時期なのです。「自分のもの」がわかるから、やがて分け合える
考えてみれば当たり前のことかもしれません。
「これは私のもの」
という感覚がなければ、
「貸してあげる」
もできません。
まずは自分のものとして大切にする経験が必要です。
そしてその先で、
友達と一緒に遊ぶ楽しさを知り、
順番を待つことを覚え、
協力する喜びを経験していきます。
幼稚園や保育園は、まさにそんな経験の場でもあります。
だから私は、
1歳の頃の「どうぞ」と、
2歳の頃の「イヤ!」は、
矛盾しているようで実はつながっていると思っています。
どちらもその子にとって必要な発達の姿なのです。
赤ちゃんは思っている以上に社会的な存在
今回の研究が教えてくれたのは、
人に何かを与える喜びの芽が、とても早い時期から見られるということです。
そして発達の過程では、
その芽が見えやすい時期もあれば、
「自分」を育てるために少し見えにくくなる時期もあります。
それでも子どもたちは、
人とつながりたい気持ちや、
誰かを喜ばせたい気持ちを持ちながら成長していきます。
ベビーサインを通して赤ちゃんたちを見ていると、
赤ちゃんは私たちが思っている以上に社会的な存在なんだなと感じます。
「ちょうだい」で嬉しそうに渡してくれたあの笑顔。
あの中には、
人と気持ちを通わせる喜びが詰まっていたのかもしれませんね。
ベビーサインの情報がぎゅっと詰まった1冊はこちら

研究論文はこちらです。
2026.05.28“やって!”が言えた子は、なぜ泣かなくなるのか
0・1・2歳児保育を考える
― 小さな人を尊重する保育 ―
1歳くらいの子どもたちは、
「自分でやりたい!」という気持ちがどんどん育ってきますよね。
スプーンを持ちたい。
靴を履きたい。
ズボンをはきたい。
でも、まだうまくできない。
やりたい。
でも、できない。
(正直、大人からすると面倒な時期・・・)
この時期の子どもたちは、
そんな“もどかしさ”の真っ最中にいます。
そして「やりたい」という気持ちも
「もどかしい」というその気持ちも、
まだうまく言葉では伝えられません。
するとどうなるか。
泣く。
怒る。
ひっくり返る。
物を投げる。
大人から見ると、
「急に機嫌が悪くなった」
ように見えるときもあれば、
「あーまた始まった・・・」
って感じるときもありますよね。
でも実はその奥に、
「困った」
「できない」
「助けてほしい」
という言葉にはできないけど、
気持ちが隠れているんですよね。
以前、ある保育園でこんな場面がありました。
1歳の男の子が、
ズボンをはこうとしていました。
でも足がうまく入らない。
何度もやり直す。
引っ張る。
座り直す。
少しずつ表情が曇っていきます。
以前なら、
ここで泣いていたかもしれません。
でもその時、
その子は先生を見て、
胸をトントン。
【やって】のベビーサインをしたそうです。

すると先生が、
「先生が【やって】あげようか」
と笑顔でお手伝い。
男の子もホッとした表情になったそうです。
この【やって】というベビーサイン、
保育には是非取り入れて欲しいベビーサインの1つなんです。
なぜならそこには、
「困った時は、助けてもらっていい」
という安心感があるから。
乳児期の子どもたちは、
困っていても、
その気持ちをうまく外に出せません。
だから、
泣くことでしか伝えられないこともあります。
でも、
「やって」
「手伝って」
が伝えられるようになると、
子どもたちは驚くほど穏やかになることがあります。
そして大人もまた、
「困ったときに助けてあげる」
という「見守る」保育を
安心して行うことができるようになるんです。
私は、
乳児保育において大切なのは、
“泣かせないこと”
ではなく、
「困った時に、助けを求められること」
なのではないかと思っています。
それはきっと、
これから先の人生にもつながる力です。
一人で抱え込まず、
誰かを頼ること。
「できない」
を伝えられること。
「助けて」
と言えること。
その小さな第一歩が、
まだ言葉にならない時期から育っている。
そう考えると、
ベビーサインは単なるコミュニケーションの道具ではなく、
“安心して人を頼れる世界”
を作るための、
ひとつの入り口なのかもしれません。
2026.05.24指さしで十分じゃなかった理由
0・1・2歳児保育を考える
― 小さな人を尊重する保育 ―
「ジェスチャー、アイコンタクト、指さしでも十分だと思っていましたが、興味深くお話を聞かせていただきました」
これは、ある保育士さんからいただいた感想です。
実際、赤ちゃんたちは、
指をさしたり、
「あっ!」と声を出したり、
表情を変えたりしながら、
たくさんのことを伝えてくれています。
だから私たち大人は、
「ちゃんと見ていればわかる」
と思うんですよね。
もちろん、それはとても大切なことです。
赤ちゃんを見る。
表情を読む。
気持ちを想像する。
乳児保育において、
その姿勢は欠かせません。
でも、ベビーサインを通して感じるのは、
“わかろうとする”
ことと、
“通じ合う”
ことは、
少し違うのかもしれない、ということです。
例えば、
子どもが何かを指さした時。
大人は、その指さしの先にあるもの、
例えば
「わんわんだね」
「車だね」
と返します。
でもそれが本当に、
「見て!」
なのか、
「好き!」
なのか、
「怖い」
なのか、
「もっと見たい」
なのかは、
実はわからないこともあります。
私たちは、
子どもの気持ちを想像しながら関わっています。
でも時々、
“わかったつもり”
になってしまうこともあるのかもしれません。
以前、こんな感想をいただきました。
「子どもから出てくるいろんな気持ちや言葉を、理解しているつもりになっていたり、自分の解釈で済ませようとしていたなぁと思いました」
私はこの言葉に、
「そうそう!そういうところに気づいて欲しかったんですよ!」
って熱く感じた事を覚えています。
ベビーサインがあると、
子どもたちは、目の前に指さすものがなくても、
伝えることができるようになります。
それは、昨日のお散歩で見かけた【猫】かもしれないし、
おうちで食べておいしかった【おやつ】の事かも知れません。
今、どうして欲しいのかだけじゃなくて、
子どもたちはおしゃべりできなくても、
もっともっと、いろんな考えが
頭の中を巡っているんです。
ベビーサインがあることで、大人は、
「そういうことだったんだ!」
と、
初めて子どもの本当の気持ちに気づくことがあります。
つまりベビーサインは、
大人が“読み取る”ためだけのものではなく、
子ども自身が、
「ぼく・わたしはこう思っているよ」
と伝えるための道具でもあるのです。
ここに私は、
とても大きな意味があると思っています。
保育では、
大人が先回りしてしまうことがあります。
でも本当は、
子どもにも“伝える力”がある。
そしてその力は、
まだ言葉にならない時期から、
ちゃんと育っている。
だから私は、
乳児保育とは、
“お世話”
だけではなく、
“小さな人との対話”
なのだと思っています。
ベビーサインは、
その対話を、
少しだけ見えやすくしてくれる道具なのかもしれません。
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