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2026.05.24指さしで十分じゃなかった理由

0・1・2歳児保育を考える
― 小さな人を尊重する保育 ―

 

「ジェスチャー、アイコンタクト、指さしでも十分だと思っていましたが、興味深くお話を聞かせていただきました」

 

これは、ある保育士さんからいただいた感想です。

 

実際、赤ちゃんたちは、
指をさしたり、
「あっ!」と声を出したり、
表情を変えたりしながら、
たくさんのことを伝えてくれています。

 

だから私たち大人は、

「ちゃんと見ていればわかる」

と思うんですよね。

 

もちろん、それはとても大切なことです。

赤ちゃんを見る。
表情を読む。
気持ちを想像する。

乳児保育において、
その姿勢は欠かせません。

 

でも、ベビーサインを通して感じるのは、

“わかろうとする”

ことと、

“通じ合う”

ことは、
少し違うのかもしれない、ということです。

 

例えば、
子どもが何かを指さした時。

大人は、その指さしの先にあるもの、
例えば

 

「わんわんだね」
「車だね」

 

と返します。

でもそれが本当に、

「見て!」
なのか、

「好き!」
なのか、

「怖い」
なのか、

「もっと見たい」

なのかは、
実はわからないこともあります。

 

私たちは、
子どもの気持ちを想像しながら関わっています。

 

でも時々、
“わかったつもり”
になってしまうこともあるのかもしれません。

 

以前、こんな感想をいただきました。

「子どもから出てくるいろんな気持ちや言葉を、理解しているつもりになっていたり、自分の解釈で済ませようとしていたなぁと思いました」

 

私はこの言葉に、
「そうそう!そういうところに気づいて欲しかったんですよ!」
って熱く感じた事を覚えています。

 

ベビーサインがあると、
子どもたちは、目の前に指さすものがなくても、
伝えることができるようになります。

 

それは、昨日のお散歩で見かけた【猫】かもしれないし、
おうちで食べておいしかった【おやつ】の事かも知れません。

 

今、どうして欲しいのかだけじゃなくて、
子どもたちはおしゃべりできなくても、
もっともっと、いろんな考えが
頭の中を巡っているんです。

 

ベビーサインがあることで、大人は、

「そういうことだったんだ!」

と、
初めて子どもの本当の気持ちに気づくことがあります。

 

つまりベビーサインは、
大人が“読み取る”ためだけのものではなく、

 

子ども自身が、
「ぼく・わたしはこう思っているよ」
と伝えるための道具でもあるのです。

 

ここに私は、
とても大きな意味があると思っています。

 

保育では、
大人が先回りしてしまうことがあります。

 

でも本当は、
子どもにも“伝える力”がある。

 

そしてその力は、
まだ言葉にならない時期から、
ちゃんと育っている。

 

だから私は、
乳児保育とは、

“お世話”

だけではなく、

“小さな人との対話”

なのだと思っています。

 

ベビーサインは、
その対話を、
少しだけ見えやすくしてくれる道具なのかもしれません。