ベビーサイン協会認定講師 松田和枝

■活動エリア:名古屋市 八事 星ヶ丘
 
 

■ベビーサイン講師になる前なにしてた?

ベビーサイン講師になる前、私は旅行の添乗員をしていました。添乗員というと「バスガイドさん?」とよく間違われるのですが、いわゆる旅行の付き人です。修学旅行にも同行しました。食事の手配、部屋割り、自由行動の時間・・・全て添乗員が決めます。添乗員はなんでも知っているというイメージの為、トイレの場所、オススメのお土産、今でいうインスタ映えしそうなもの、場所の紹介、とにかく、頼られる存在のお仕事でした。

旅行は参加人数の把握が一番大事でした。違う旅行客の方が私の受け持つバスに間違って座ってしまうと席が足りないとトラブルが起き、出発時間になっても戻られない方がいらっしゃると大急ぎお名前を叫びながら走ってお客様を探すということもありました。休みもほとんどありませんでしたが、23歳で日本の主要な観光地はほぼ行くことができました。これもすごく良い経験だったと思います。

 添乗員を退職した後は、好きだった雑貨の仕事をしたいと思い雑貨の企画・営業をしていました。全国出張で飛び回っていましたが、自分の企画した鞄やキャンドルなどがお店に並ぶことはうれしくやりがいのある仕事でした。

 私は常にいそいそと走り回って仕事をしていました。どの仕事も全て自分の「好きなこと」から始まり、そこで出会ったお客様から頂いた温かいお言葉、厳しいお言葉は今でも忘れることはありません。仕事でつまずくことがあっても、当時のことを思い出すと「頑張ろう!」という気持ちを奮い立たせてくれます。

 

■私とベビーサインの出会い

名古屋で娘を出産した私は仕事尽くめだったため、産後からやっとこれからの子育てのことを考える時間ができました。たまたまベビーサイン教室のチラシをみつけ、「家から近いし、子どもと一緒にいける!」と思いすぐに申し込みました。

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産後は慣れないことばかりの毎日でした。ほとんど子どもと二人の生活。急に家でじっと子育てをすることになった私に外出することも含め、新しい機会を与えてくれたのが「ベビーサイン教室」でした。教室へ行くことが楽しくて、2歳になるころまで16回くらいはサイン教室に通ったと思います。ベビーサイン教室に通ったことで、ベビーサイン講師としての今の私がいます。なんとなく始めたベビーサインですが、私の人生を大きく変えるきっかけとなり本当に不思議な出会いになりました。ベビーサイン講師、ベビーマッサージ、おもちゃインストラクターなど、小さなお子様と関る仕事をするなんて、出産前の私には想像もつかないことでした。

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■講師になってよかったことや変化

講師になりよかったことは、「赤ちゃんの気持ちがわからない、どうやって育児をしていこうか」と悩んでいるお母さん達の少しでもお役に立てることです。ベビーサインが育児を助けてくれることも一つですが、先輩ママとして自分の経験も含め、「大丈夫!ちゃんとお母さん業できていますよ!」と伝えられます。お母さんになると誰かから褒められることは、ほとんどないと思います。出来て当然、やらなきゃいけないことが山積み・・・そんな風に私も感じて育児をしていました。

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特に転勤などでそばに相談する家族がいない方は、出産をすると急に一人で育児をする生活です。寂しさや悩みを打ち明ける場所もままならないです。お母さんと赤ちゃんが楽しく過せ、もやもやした気持ちもリセットできるきっかけの場所になれればと思います。赤ちゃん、お母さんの笑顔を見ることで、私もパワーをもらうようになっています。

講師として活動することで、私の子どもたちは「自分のベビーサイン生活」を終えてもサインを忘れることはなくなりました。「おやつってどんなサインだった?教えて。」と聞きます。泣いている赤ちゃんをみるとどんな気持ちで泣いているのか考えます。ミルクのサインをしながら、「お腹減っているのかな?」と言います。

どんなに小さな赤ちゃんにも自分の意思があり伝えたい思いがあることを、自然とベビーサインを通し知ることができています。子どもたちにとってもベビーサインは大きな影響を与えてくれています。

「赤ちゃんと何か一緒にしたい、この子の気持ちをもっとわかってあげたい」と思っているお母さんは、一緒にサイン育児を始めてみましょう。待っています。

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